足跡

2011年08月03日

足跡その31~撮影に必要なものの確認


はじめての撮影では、色々な事を山のように気付かされました。

まず、「これがあれば良かった」というアイテムが、ものすごくたくさんあったのです。



いちばん欲しかったのは「防寒具」でした。
5月の函館。
このくらいの気温だろうな・・・とわかりきっていた地元チーム。


けれども我々は、函館ドックを吹き抜ける浜風の冷たさを理解していませんでした。


初日は曇り空で、たまに小雨が降る天候。
そこに強烈な風が吹いて、体感気温がぐっと下るのです。
せいぜいバスタオルくらいしか持ってなくて、ブルブル震えながらの初日でした。

翌日以降、車にはあたたかい上着・セーターなどを常に積むようになりました。



ほかに常備したものは。

・懐中電灯
・傘
・電池式の携帯充電器(まあ、携帯電話を使う頻度の高いことといったら!)
・ガムテープやロープや工具箱
・カイロ



しかし何より必要性を感じたのは。

困ったときに頼りになる知人・友人でした。



あれが欲しい、これが欲しいという時に。
あの人なら何とかしてくれるかもって存在。

全ての工程が終了するまでずっとそうでした。
いや、ひょっとしたら今でも。
そういう存在に助けられています。



実行委メンバーの人数分だけ、そういった心強い存在に助けを求める選択肢が広がったのだと思います。

我々の財産は、やはり”人”なのです。
とても強く実感した映画製作の日々でした。





「トキは、そうだ、そうだ、と嫁の言葉に頷いた。
 いい嫁だ。
 昨日の会話をきいて、トキはひどく安心した。」

( ネコを抱いた婆さん from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志 )






(続く)







そして!
前回のクイズの答えです。

「むすこ」でした。

お子さん(起こさん)ですものね。



さ、次っ!!!

「その部屋に入ると、スキンヘッドになってしまうんだって!
さて、どんな部屋?」

答えは次回のブログにてっ。

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2011年08月02日

足跡その30~撮影スタート!


8mmでの撮影は、函館ドックからスタートしました。

ドックのゴライアスクレーンを映像に残すこと。
「あの頃、ゴライアスクレーンがあった」という映像にするため、あえて8mmの質感での撮影です。


私、初日は仕事を終えてから撮影現場に途中合流いたしました。
どんな感じかな、と思いつつ到着。
広い敷地内を移動し、撮影場所を見つけました。

スタートから同行した実行委メンバーに聞いてみると。

「監督がノリノリで。
色々な場所のシチュエーションからストーリーを作って、その都度いろいろな角度で撮影している!
何かが創りだされる瞬間を目撃してるよ!」
と、興奮気味に教えてもらいました。

子役の存在感がすごかったこと。
函館ドックの建物がかもしだす長い年月を重ねた重量感。
感性を刺激する目前の空気感。

・・・かなり大げさに言ってるかもしれませんが、熊切監督の創造性が発揮された今回の撮影は、猛スピードで様々な場所を移動しながら設定を指定しての撮影の連続。
結局は2日間では終わらず、もう1日延長される事となりました。

どのくらい本編に使われるのか聞いたところ。
「うーん、30秒か40秒くらいかも。」



え、ええっ!

映画作りの規模の感覚を、少しづつ学ぶ第一歩となりました。






「でも、海炭市で今日、その中に出てくる少女と再会できるとは思わなかった。
 文句なしだ。」

( 一滴のあこがれ from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志 )





そしてっ!

前回のクイズの答えです。

「花火」でした!


さあ、次っ!


「お祭で夜更かしの日々ですよ!
 おじいちゃん、おとうさん、むすこ。
 家族の中で、寝坊しても起こしてもらえないのは誰?」

答えは次回のブログにてっ!



右が中野敬輔くん、左が中野桃ちゃんです。
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2011年07月31日

足跡その29~理想どおりの兄妹


小学生の兄妹を探し、実行委メンバーがそれぞれ顔写真つきの資料を持ち寄りました。
とても急なお願いをしつつも、数組の候補が見つかったのです!

中には「うちは女の姉妹だけど、姉の方は男の子っぽくショートカットにしてもいいわよ」なんて有難い申し出もあり。

みなさま、その節はありがとうございました。


そして東京に急いで資料を送り、撮影に来ていただく兄妹を決定しました。
ほぼぴったりの年齢、実際に兄妹、そして急なスケジュールも参加可能だったのです。


そして撮影の初日。
更にお願いをしてしまいました。
長靴とカッパを持参してきてほしい、と。

そしたらなんと、カッパがなくってわざわざ購入してから撮影場所に来てくれたのです。
ああ、こちらでご用意すべきところを・・・ただただ感謝。


さあ、準備はすべて整い、撮影スタートです。
撮影機材はコンパクトな8mmカメラのみ。

あとから聞いたら、熊切監督はまったく会った事がない一般市民の兄妹との撮影に、どう成立させようか悩みに悩んでいたそうです。


しかし。
撮影は意外な展開となりました。




「空気は澄みきっている。
 土曜日で、客はそう多くはない。
 芝生はみごとに育ち、ここにいるかぎり、のどかな風景だった。」

( 夢みる力 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志 )




(続く)





そして、昨日のクイズの答えです。

「耕運機(幸運・機)」でした。



さあすぐに次っ!


またまた乗り物シリーズ!
「タイガーナインって何のこと?」

答えは次回のブログにてっ!


後姿




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2011年07月30日

足跡その28~小学生の兄と妹を探せ!


ゴライアスクレーンがなくなる前にっ!
そのために大急ぎで撮影です。
最も必要なのは。

出演者でした。


「まだ若い廃墟」に登場する兄と妹。
2人の小学生時代をフィルムに収めます。

その2人を探すのが最大で最優先の課題でした。
撮影日までわずか10日ほど・・・。
条件は「12才くらいに見える男の子、6才くらいに見える女の子」です。
とりあえずオーディションなどの余裕もなく、まずは実行委メンバーの知人・友人からぴったりの兄妹がいないか調査したのです。


5/23の撮影に向けて、5/12にメーリングリストで送信されたのは、こんな文章でした。



「さてさて。
撮影がいよいよはじまりますね。
1日でも早いほうが良いと思い、お尋ねします。

撮影は23(土)からの4日間で、最初の土日に子役の撮影の予定です。
子役は東京から連れてくるわけにも行かず、函館で探しております。
12才くらいに見える男子と、6才くらいに見える女子。
23~24の日中に撮影できる方で、できればほんとの兄妹(セリフなしですが、仲良く遊ぶシーンなどありそう。初対面でカメラの前で自然にふるまえて、ある程度似た顔立ちなら他人でもOKです)。

心当たりの子供がいたら、ぜひ教えてくださいませ。
なんたって10日後の撮影なので、フル回転で探しております。

なにとぞなにとぞ。
よろしくお願いします。」



そして、大捜索が始まりました。






「厭よ、払い戻してきてちょうだい、わたしも歩いておりるわ。
 兄は首を振った。
 あいかわらず目に温かい笑みを浮かべ、大丈夫だ、としっかりした声で答えた。」

 (まだ若い廃墟 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)




(続く)





そして、昨日のクイズの答えです。

「家庭科(勝て、イカ!)」でした。


さあすぐに次っ!


「農業で使う機械の中で、一番ハッピーなのはどれ?」

答えは次回のブログにてっ!


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2011年07月29日

足跡その27~ゴライアスを映像に残す


2009年4月末のバル街イベントが終わり、次は6月の岡崎武志さんイベントの準備・・・のつもりでした。
しかし予定は大きく変更!


脚本ができあがる前に。
函館の海に浮かぶ象徴のひとつ、ゴライアスクレーンを映像におさめる事を決めていました。

赤と白のカラーリングによる、造船のためのクレーンです。
長く潮風にさらされ、大きな地震などが来たら大変危険な状況。

解体されることが決まっていて、その前にその姿を撮影し、映画の中にずっと残したいと思ったのです。


その年2009年は、函館開港150周年の記念すべき年。
おそらく夏の記念イベント前に取り壊す事はないだろう・・・と予想していました。


だが、しかし。

5月末に解体することが決定。
台本も、出演者も決まっていない中、風景だけでも撮影するべきか悩みました。
いずれにせよ残された時間はほとんどありません。
5月末までに行動しなければ、クレーンはフィルムに残らないのです。


登場人物が子供の頃に。
楽しかった思い出と共にゴライアスクレーンがあった・・・という設定での撮影をする事に決めました。

ひょっとしたら「まったく顔が映らないかも」という条件の下、大急ぎで出演者となる子役探しを始めたのです。




(続く)




そして前回のクイズの答えです!

「ダンサー(段差)」でした。



さあ次いってみようっ!


「2人でないと乗れない車ってなーんだ?」

答えは次回のプログにてっ。

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2011年07月28日

足跡その26~2009春のバル街


あっという間に迎えたイベント当日。
担当を分担して行動しました。

・午前中の物品搬入
・会場飾り付け
・パネル搬入
・楽器搬入
・音響搬入
・それらの終了後の片付け

「午前だけなら」「夕方5時まで」「6時の仕事終了後に合流」
色々な事情のメンバーを、パズルのように配置しながら機能させております。



イベント中の役割も色々。

・全体進行
・会場窓口
・ステージイベント窓口
・趣意書配付
・募金受付
・図書販売
・お客様誘導、会場整理
・マスコミ取材対応
・記録撮影
・ステージ司会
・演奏
・落語


最初は、盛り上がってるように見せるために、実行委メンバーもお客様として客席に座った方がいいか?
なんて言ってたのですが、ふたを開けてみるとそんな心配は杞憂だったとわかりました。

協力していただいた皆様のお力にも感謝!

朗読は、実行委メンバーの生演奏をBGMに、地元のテレビ&ラジオ放送局の方に読み上げてもらいました。
音楽ステージでも、市内のジャズファン・クラシックファンには超有名な方々に、代わるがわる演奏してもらえました。
映画「海炭市叙景」に曲を提供していただいたノー・ルーム・プロジェクトにも出演していただき、お祭り男ぶりを遺憾なく発揮していただいたのです。

みんなすごかった!


その後は何組かにわかれつつ、飲み歩きイベント「バル街」を楽しみながら、チラシ配布宣伝隊となって夜の街に繰り出しました。


・・・まさに備忘録という感じですみません。
何かの参考になる方がいらっしゃれば幸い。
です。






「切手のカタログと、これまで少しづつ集めてきた数少ないコレクションを眺めて、デパートが開く十時までの二時間近くを過ごした。
 カタログを見るだけで、幸福な気分になった。
 様々な思いがふくらむ。」

( 一滴のあこがれ from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志 )






(続く)





そして、昨日のクイズの答えです。

「アイスクリーム」でした。
だって、乳製品(New製品)ですものね。


さあすぐに次っ!


「階段が大好きな人の職業は?」

答えは次回のブログにてっ!


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2011年07月25日

足跡その25~イベント準備の日々


「ノン子36歳(家事手伝い)」の上映と、監督&プロデューサーのトークショーが終わって。
正確にはその前から次のイベントの準備の日々となりました。

2週間後に開催となる函館恒例イベント「バル街」でのアピール。
その2ヵ月後に実施する、書評家・岡崎武志さんによる講演会。



まずは「バル街」の準備です。

イベントの拠点となる「まちづくりセンター」の一画を使用させてもらえることになりました。
そこで何をやろうか。

・「海炭市叙景」の文章をピックアップして作る紹介パネルの展示
・作品の朗読会
・やはり音でイベントのお客様の気を惹くために音楽コンサート

実行委メンバーには落語家(三遊亭のご一門なのです!)もいるので、落語もプログラムに取り入れました。
終了後はメンバーが参加店を飲み歩きながらチラシ配布という、楽しい任務もあり。


会場で更に行なうのは、募金受付のポスター・チラシの貼り付けや配布。
「佐藤泰志作品集」の販売(厚く重い本ですが、食べ飲みイベントのお客様対象にも関わらず完売したのです!)。



それぞれ担当を振り分け、準備に追われながら。
あっという間に当日を迎えました。




「人生はそうあるべきだ。
 たとえそれがわずかばかりであっても、陽の照る場所に少しでも近くにいることが肝心だ。」

 ( 衛生的生活 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)




(続く)




そしてっ。
前回のクイズの答えです。

「池」でした。
埋め立ててなくなっちゃうと、目的地に行けない(池ない)のですから、ね。


すぐに次っ!


「肌色といいますが、日本人は海外から見ると黄色に見えるみたい。
さて、赤い肌といえば何人?」

答えは次回のブログにてっ!

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足跡その24~監督との最初の対話


2009年4月4日に「ノン子36歳(家事手伝い)」の上映と、監督&プロデューサーの舞台挨拶を行ないました。

とりあえず、函館で企画して資金も集め、東京の映画製作チームを呼び寄せて映画を作るというのは、あまり例のない映画の作り方だ・・・というのは理解しました。
通常は東京で企画され、資金が集められ、ロケ地として函館が選ばれる・・・その撮影に地元が協力するという事がほとんどなのです。

函館で企画し。
監督候補にも直接打診し。
おおまかな計画を作成し。
そして実現させるためにスペシャリストを集める。


トークショーでは、20年前に亡くなった作家の作品を、しかも地元をイメージした作品を地元の人たちが映画化しようと立ち上がったことの意義も語られました。

質疑応答では、この映画化の展望や監督の想い、たったいま見たばかりの「ノン子36歳(家事手伝い)」をはじめとする熊切作品が持つ”人間の狂気”は「海炭市叙景」でも表現されるのか?などたくさんの質問が出されました。


また、終了後の打ち上げでは作られている初稿台本の話にもなり、18話の中からどのストーリーが映画にピックアップされようとしているかも初めて明かされたのです。


熊切監督が海炭市民として、仲間として一緒に過ごした、最初の夜でした。




「夜が少しづつ明けはじめた。
 それまでお喋りに花を咲かせていた男や女が窓辺に行き、わたしたちもその中にまぎれこんだ。
 薄っすらと青味がかった海の彼方が徐々にあわいオレンジ色に染まり、雪で塗りこめられた街の輪郭が次第に鮮明な姿をあらわした。」

( まだ若い廃墟 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)




(続く)





さてっ。
前回のクイズの答えです。

「ボクサー(僕さあ)」でした。


まあまあ。
すぐに次っ!


「湖と沼と池がありました。
埋め立てて道を作らなければならないのですが、やめた方がよさそうなのはどれ?」


答えは次回のブログにてっ。

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2011年07月21日

足跡その23~舞台挨拶の準備


2009年4月に、我々が実施するイベント第1弾として、監督とプロデューサーを招いてのトークショーを開催しました。
熊切監督の当時の最新作「ノン子36歳(家事手伝い)」の上映との組み合わせです。



はからずも、その直前に発表された「映画芸術」誌の2008日本映画ベストテン&ワーストテンで、「ノン子36歳(家事手伝い)」がベスト1に選ばれたのです!
これには体中の血が沸騰するかと思うくらい興奮させられました。

実行委員長が声をかけた相手が、その熊切監督だったという先見性に「さすが!」と思い。
でもあとから聞いたら「実は『ノン子』はその時まだ見てなかったんだけど、話してたら映画観が信頼できて」なんて話でした。



ああ!
その時に「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」が大好き・・・なんて話しになっていなかったら、この映画製作はまったく違ったものになっていたかも。

世の中の、ほんのちょっとした出会いの瞬間は、やはり面白いですね。
映画や小説や音楽で語られるストーリーは、ほとんどが出会いや発見や人とのつながりに関するものだ・・・とあらためて感じ、確信した次第です。



そして。
ほとんどの実行委メンバーの、熊切監督との初めての対話。
その後に何度も繰り返されることになる対話、その第1回がついに実現することになります。




「男がジャンパーのポケットから煙草を取り出し、一本を自分でくわえ、もう一本出して晴夫の唇にフィルターを押しこんだ。
 晴夫は軽く頷くように頭を下げた。
 男がライターをすって、手でかこみ、近づけてきた。
 晴夫は火に顔を持っていった。」

( 裂けた爪 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志 )




(続く)




そしてっ。
前回のクイズの答えです。

逆立ちすると「庭(ニワ)がワニになっちゃうから!」でした。

おおっこわーい。


さあ、すぐに次っ!


「36歳のノン子さんは、色んな事に無気力で、毎日をなんとなく過ごしてました。
でも、そんな彼女をとても頼もしく思っていた人たちが!
それは、どんな職業の人たちでしょう?」

答えは次回のブログにてっ!

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2011年07月20日

足跡その22~3ヶ月で状況把握


2年前の春に正式に実行委員会をスタートさせました。

4月から6月までを第1期とし、その3ヶ月間でどこまでできるのか。
我々の力や周囲の反応、どれだけ展開させられるかを見据えて、それ以降の計画を練るのです。



最初の3ヶ月で実施するイベント案はこうでした。

・「ノン子36歳(家事手伝い)」の上映会と監督の舞台挨拶
・4月中旬の函館の人気イベント「バル街」でのアピール
・書評家の岡崎武志さんによる講演会
・「海炭市叙景」のパネル展、朗読会、コンサートなどと組み合わせるイベントの模索


この他のチラシ・ポスターなどによるアピール、知人親類へのアピール、個人のブログやHPなどでのアピール。
3ヶ月で、1,000万円のうちのどこまで集められるか。
文字通り、1分1秒たりとも無駄にできない、各自のアイディアと全体の守備範囲を問われる日々のはじまりでした。





「計画倒れだという非難も持ち上がっている。
 もっともだ。
 そううまい具合いにたくさんの工場が誘致されたら、彼はヒヨッコどもに混って毎朝訓練校で体操などしなくてすむし、来春、原発に行く必要もない。」

(まっとうな男 from「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)





(続く)





そしてっ。
前回のクイズの答えです。

「冷静(れい星)」でした。



さて、次っ!

「家の外では逆立ちしないでね、って頼まれました。
したら大変な事になるって。
さて、それはどんな事?」

答えは次回のブログにてっ。

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2011年07月14日

足跡その21~監督とプロデューサーを招いてのトークショー決定


2009年4月早々に、監督とプロデューサーによるトークショーを函館で開催する事としました。

監督は最新作「ノン子36歳(家事手伝い)」が高い評価を受け、前年12月の「函館港イルミナシオン映画祭」に主演の坂井真紀さんとゲスト出演した熊切和嘉さんです。
その時に「海炭市叙景」の映画化構想のお話しをさせていただき、すぐに文学館で「佐藤泰志作品集」を購入し、読破し、この無謀ともいえる企画に賛同していただいたのです。

プロデューサーの1人となった越川道夫さんとのトークショーは、4/4に設定しました。

函館に来ていただき、地元のTVやラジオの取材も受けていただき、まだシナリオも出来上がっていませんがロケハンも行なうスケジュールを組んでいます。


外せないのは冒頭の「まだ若い廃墟」だ、という点では一致していたので、炭鉱を造船所に置き換えることをイメージしてのロケハンを行ないました。

2泊3日で、なるべく多くの事ができるように。
何の準備をしていいかもわかっていない状況でしたが、想像できる限りのことを考え、足りないことは何かを考えながら当日を迎えたのです。




「忠夫は、腰と手首のスナップを利かせて速い球を投げた。
 いい音をたてて、球はグローブに吸い込まれた。
 自分で決めたのなら、それでいい。
 明日、俺は女房とデパートへ行く。
 元気な子供が産れるように階段を繰り返し降りる。」

(大事な事 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)





(続く)




そして。
前回のクイズの答えです。

「ミ」でした。

ド、シ、ラ、ソファの下ですものね。
忘れた頃にやってくるドレミのクイズでした。


さて、次っ!


「いつでもちょこっと微笑んでいるお店は、何屋さん?」


答えは次回のブログにてっ。

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2011年07月13日

足跡その20~幅広い世代が集った


ある一定額の協賛をいただいた方には、映画作りの夢を一緒に実感していただくための「映画製作通信」を定期的に郵送する事に決めました。

お金を出していただき、あとは完成作品を待ちわびるのではなく。
今、ここまで来ている・・・という事をその都度感じていただきたいと思ったのです。


そのパイロット版という位置づけとなった「実行委員会便り 映画『海炭市叙景』通信」は、2009年3月9日付けで発行されています。
これは完全に実行委メンバー向けの内容でした。

このあと3月~4月の活動予定。
8月までの大まかな予定。
そして現時点での実行委メンバーの名簿。



まだ顔と名前が一致しない我々。
名簿にも、一度もお会いしていない方がズラリと並んでいました。

職業だけ見ても、自営業、社長、公務員、サラリーマン、マスコミ関連、芸術家、政治家、落語家、弁護士、主婦、文芸誌の同人、そして佐藤泰志の古くからの友人・知人。

面白いことになるな、という予感がすでにあったのです。



目的も全く同じではなく。
「佐藤泰志の復活につなげたい」
「映画を作りたい」
「函館の街のためになると感じた」


結局は仲間はどんどん増え、クランクインの頃には、高校生から60代まで幅広い世代の集まりとなりました。





「でも、この『違い』『差異』がひとつの目標に向かって集結すると、これはすごい力になるはずです。
 年代や職業が固まりがちな組織が多い中、今回の実行委員会のこの顔ぶれの多彩さは素晴らしいものです。
 函館におけるひとつの活動モデルになるかもしれません。
 これから、多くの困難もあるかもしれませんが、みなさんがこの実行委員会に加わろうと思った時のその志・夢を忘れずにいれば、困難はきっと乗り越えられる!」

(実行委員会便り 映画「海炭市叙景」通信(2009,3,9発行) より)





(続く)




そして、前回のクイズの答えです。

大きな竜もイビキをかいて寝てるので「竜宮城(竜グーじょう)」でした。


はいはい、すぐに次にいきましょっ。



「あらら、ソファの下に入ったまま、どうしても取れないものがあるぞ。
さて、なーんだ?」

答えは次回のブログにてっ。

P1030541川本三郎講演会




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2011年07月12日

足跡その19 ~チラシ作製


映画製作資金を集めるための募金の準備は、知らないことだらけでした。

まっさきに準備するものとして。

・領収書
・出金伝票
・元帳
・金銭出納帳
・ゴム印
・振込払込書(印字サービスのもの)
・朱肉
・黒スタンプ
・代表名の三文判

そして募金のための告知チラシとポスターです。

チラシはA3を真ん中から折るデザインで1万枚。
ポスターはA2で100枚。


結局はポスターは足りなすぎ。
チラシも内容を少し変えたバージョンで更に作製するという状況になりました。

ですよね。
1ヶ所に10~20枚だと、あっという間に「もうなくなっちゃったよ」となる枚数ですし。
平均で50枚の設置としたら200ヶ所への設置・・・函館以外の場所にもお願いするとしたら、圧倒的に少ないのです。



自分たちがやろうとしている事と、実際の対象となる人数・場所の規模が、やっと実感できた瞬間でした。



「左手の源兵衛町には老舗の蕎麦屋や和菓子屋や薬局がある。
 そのどれも、この数年で店構えが新しくなった。
 市が近隣の町村と合併をはじめた頃からだ。
 街はふくらんだ。」

(週末 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)




(続く)




そして。
前回のクイズの答えです。

「うっとり(鳥)」でした。


へへへ。


さあ、次っ!


「大きな生き物が、海の中でイビキをかいて寝ているぞ。
 さて、それはどーこだ?」

答えは次回のブログにてっ。

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足跡その18


まずは映画作りの活動を知ってもらうために。
お金をかけずに伝える方法を考えました。

新聞紙上でのエッセイもそのひとつ。

北海道新聞の夕刊に別刷りとして、函館を含む渡島(おしま)地方と、お隣の檜山(ひやま、桧山とも書きます)地方のみ配達される「みなみ風」に連載を持っていたメンバーが複数おりました。


同人誌の編集人の立場から執筆していた当実行委の事務局長・西堀滋樹が2009年3月に寄せたエッセイを、少し抜粋してみます。
この時は”100年に一度といわれる大不況と雇用不安”で、”支援をお願いすることの心苦しさや不安も付きまとう”と書いています。




「だが、戦争に向かいつつあったあの時代もそうだったのだ。
 『こんな時代だからよした方がいい』
 『今どき、映画づくりやってる場合か』

 だが、そんな時だからこそ、自粛するのではなく、文化は不況の波に耐え、表現し続けなければならないと思う。
 そして、苦しい時だからこそ、閉塞感を吹き飛ばし、人々に夢や希望を与え続けるのが文化なのだ。
 そんな思いで、足を踏み出した。」

(苦しい時こその文化 from 北海道新聞夕刊別刷り「みなみ風」(2009,3,4) / 西堀滋樹)




(続く)





そして、昨日のクイズの答えです。

野球の「スクイズ」でした。


さあ、次っ!


「あれ、こんどはハートの形の目でこっちを見てる鳥がいる。
さて、どんな鳥?」


答えは次のブログにてっ!

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2011年07月10日

足跡その17


2009年がスタートしてすぐに集った我々。
2月中旬に映画化を決意し、次の集りは3月4日でした。

その時点で。
実行委の名簿が出来上がっていて。
募金呼びかけチラシのラフ案もできあがっていて・・・そこには川本三郎さんをはじめとする予想外のビッグネームからのメッセージがすでに集っていて。

なるべく多くの人たち、幅広い世代、さらには函館がどこにあるかご存じない方々にまで。
いろいろな状況の方々に想いを伝えるための方法や我々が立つべき位置、気付いていただくためのチラシの写真選定や配布方法など、実に様々な事を協議しました。


実行委の基本的な約束事とか。
どう振舞うべきか、とか。
細かな事ですが、「制作」ではなく「製作」実行委員会という名称とする事とか。


ひとつひとつが決まっていく事は希望に満ちていて、”ほんとうに映画を作ることができるのか”という不安を小さく小さくしていったのです。


そしてそのまま、大きな壁をひとつひとつ乗り越え、もしくは壊していく結果となりました。




「小博打で、どうにかなる人生なんてものはどこにもない。
 そんなことは俺だって知っている。
 だが一年前、不意にやってみたくなったのだ。
 五百円や千円買って適当に遊ぶのをやめたくなった。
 いいわけはできない。」

(夢見る力 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)



(続く)






そして。

昨日のクイズの答えです。

それは「コイ(恋)」だったのでしょうね。



さあっ、今日のクイズ!

「100点満点の出来だったのに、1点しかもらえなかったクイズって、どんなクイズ?」


答えは明日のブログにてっ!

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2011年07月08日

足跡その16


まるでサイモン&ガーファンクルの「アメリカ」の主人公たちのように、というと聞こえは良いですが。
我々はまず、お金を持ち寄って準備資金といたしました。

赤裸々ですが、総額およそ30万円。

まず使うべき事は。

・募金呼びかけチラシ
・専用封筒

といたしました。




そして、まずやるべき事は。

チラシを持っていくべき場所のリストアップ。
チラシのための写真、文章、それをまとめるデザインを担当していただく人選。
ホームページの制作と公開の準備。
募金先の開拓。
映画の監督・プロデューサーの確定。
その発表の効果的な方法。



すぐに製作実行委員会の立ち上げを宣言し。
4月そうそうに監督を函館にお招きしての正式発表をする。

その予定にすると決めました。

つまり。
大車輪で、たった今から一気に動き出すという事を全員で確認したのです。




振込口座を準備したり。
東京サイドとひっきりなしに連絡をとり続けたり。
想いを体現する写真を撮影するために動いたり。


それぞれの準備期間が始まりました。

そしてそれは大変な事でしたが。
後から来る怒涛の日々に比べたら、まだほんの助走だったのです。




「外で、もう一度、山を見たい。
 まだ、山は吸い込んだ陽を空に向けて発光させ、まるで海炭市全体にそのこまかい粒子をふりまいているだろうか。
 海炭市の人々すべてに光をばらまいているだろうか。」

(一滴のあこがれ from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)




(続く)







そして、昨日のクイズの答えです!

「アイス」でした。
とけちゃうから、ゆっくりしてられない・・・ですよね。



さあっ、次はどんなクイズかな?!


「キャッチボールしようと思ったら、四角いボールが飛んできた!
さて、これはどんなボール?」

答えは明日のブログにてっ!

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2011年07月06日

足跡その15


かなり不定期ですが、これまでの活動を振り返っております。
ここから何日かは、続けてお話しできそうな予感です。


2009年の2月に、映画化する事を決定事項として今後の活動計画を考えました。

真っ先に来るハードル、そしてそれを越えるための作戦を立てなければいけなかったのは資金です。





協賛いただいた方に、一定額以上の場合は映画チケットを差し上げたい。
その際に、そのチケットで映画を見ていただいた場合は、あるパーセンテージ分の金額をその劇場に実行委から支払う事になります。
実際に協賛いただいた金額ではなく、映画製作に使える金額はそこを計算して考えないといけません。


さらに大きな金額を協賛いただけた場合は、台本のプレゼントなどプラスアルファをしたい!
つまり、ますます製作資金のために協賛を計画以上に募らなければいけません。

しかも今やろうとしている事は、完成品を売り込むのではなく。
「皆様の協力で、映画を製作させてください」という、かなり無茶苦茶なお願いに等しい状況です。





いったい、どのくらいの協賛をいただけるのか。





実行委メンバーの誰もわからなかったし。
確信のかけらも持てなかったし。
そもそも、万人受けしそうにないこの小説が、映画化できたとしても受け入れられるのか?

その点は、考えないようにしていました。
なぜなら、こんな無茶な事をやろうとしている、その仲間たちの表情を見ながら「これは、やるべきだ」と感じたのだから。
たとえ、函館出身の「わが町の讃えるべき財産」という、地元としての目線が強すぎたのだとしても。



・・・もとい。
それは僕だけだったかもしれません。
でも、確かに何か「これは夢物語ではなく、力を合わせれば素晴らしいことになるに違いない」という予感があったのです。






今年の春に、佐藤泰志さんのご家族にお会いしました。
その時に「こんな暗い小説を映画にしようと思った人たちが、こんなに明るく楽しい人たちだった事に驚いた」と、お褒め(?)の言葉をいただきました。


つまりは、そういう事だと思います。
作品の存在感は、ひと握りのコアなファンの人たち(イメージです、すみません)が支持するだけのものではなかったのです。
さまざまな世代の、さまざまな表情の人が、作品が放つものに何か共感したり引きつけられたりするのが当然の事だと誇るべきものかと。


つまりは、そういう事だと思うのです。



そして今、一斉に再発された佐藤泰志作品に様々な賞賛の言葉が寄せられている事に、ただ感じ入っています。
我々自身も、佐藤泰志作品の魅力にあらためて触れることができております。





「けれども、街を正反対の方角から眺めるのは少し奇妙だ。
 裏返しにした感じだ。
 裏返しになっているのは自分かも知れない。
 たぶんそうだ。」

 ( ここにある半島 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)








さあっ!

昨日のクイズの答えです。

「ソフトボール(祖父とボール)」でした。


え、いや、なかなか語呂がいいっしょ、ねぇ。





さあ、次もダジャレでバンザイ!


「スポーツ選手の中で、最も生ビールが好きな人の職業は?」


答えは明日のブログにてっ!

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2011年06月28日

足跡その14


ニュースがたくさんあって、足跡を振り返るのは2週間ぶりくらいになります。
パソコンでご覧になっている方は、右側のリンク集の下のほうにある「カテゴリ別アーカイブ」で、足跡のみまとめて見る事ができますので、おさらいにどうぞ。




さて、2009年になって2回目の集り。

映画を作ることに決め。
そのために、まずやるべき事を考え。

どんどん具体的な話になっていきました。


1,000万円を募金で集めるという事は、1,000人の方から1万円づつ・・・という事になります。
1,000人に協力してもらえるか?
たとえば5千円だったら、2,000人。
ますます現実感のない人数になってきます。

まずは知人・友人に声をかけ、佐藤泰志を知らない方にもアピールしていき、それを市内だけでなく全国に広げていかなければ。
平均5千円としても、2,000人に協賛していただかなくては成り立たないのです。



そして、気が早いと思いつつも。
協賛いただいた皆様のお名前を映画のエンドロールに載せたいけど、それはどのくらいの分量になるのか?

「お名前が作品にクレジットされます」と言っておいて、「膨大だったのでやめました」とは言えません。

一般からの協賛がない映画でも、エンドロールでは製作に関わった大勢の人や団体が紹介されるイメージです。
我々がやろうとしているものと、同じ形態の映画製作の作品を調べました。
エンドロール終了後にまた別な音楽が流れて協賛者を紹介したり、色々な方法があると知りました。


あれこれ考えて、ある一定金額以上なら「エンドロールにお名前」という事で告知しようと決めました。
どのくらいの賛同を得られるかわからないのですが、1万円以上などでエンドロール、更に金額に応じて特典をつけるというイメージです。




でも、結果的には。

とても嬉しいことに、ものすごく多くの協賛をいただく事となりました。
銀幕の下から上に流れていくエンドロールではなく、何秒かごとにパッと画面が切り替わる方法での皆様のご紹介としなければいけないほどに。




個人的には、映画「海炭市叙景」で一番ぐっと込み上げるのは、このエンディングの膨大な人名と団体名です。
これはまだ、客観的に作品として見る事ができていない証拠とは思いますが・・・。

でも、ひょっとしたら、どれだけ年月が経っても、やはりこの想いは変わらないという気がしております。
それだけの意味が、あの人名と団体名にあるのですから。





「あたしたちは、ただあたしたちの理由だけで海炭市へ行けばいいのよ。
 そこに住みついて三人で愉快に暮せばいいんだわ。」

(この海岸に from「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)






(続く)






そして、昨日のクイズの答えです!

「ダイヤモンド」でした。

野球のベース4つぶんのスペースを、そう言います。
興味のない方は、まったく知らないですかね・・・とほほ。


気を取り直して、すぐに次っ!


「クジラ君が小学5年生になりました。
おおっ、弟が新入生として入学してきました。
さて、何て名前でしょう?」


答えは明日のブログにてっ!


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2011年06月15日

足跡その13


我々にとって、このプロジェクトを周知し、製作資金を集めるための合言葉は「草の根」でした。

広く知らしめるための予算はないので、メンバーそれぞれのネットワークでいかに広げられるか。
それが現実的な最善策だったのです。

幸い、趣味は共通していても、職業やその他の活動はバラエティに富んだ顔ぶれが集ってきていました。
それぞれが色々な方面で声をかけ続ければ、おのずと輪は大きくなる。


そして実際に我々の仲間も、そこから少しづつ増えていくことになったのです。



まったくつながりのない方々に伝えるために。
どんなアピールがあるか知恵を絞りました。


・メディアに取り上げてもらえるような活動をする
・講演会を開催
・「海炭市叙景」の魅力に触れていただくための朗読会を開催
・ギャラリーでの展示
・PR映像を作製
・地元メディア(ケーブルTV、ラジオ、全道全国メディアのローカル枠)への露出
・書店へのPR
・図書館への佐藤泰志作品集の配置願い
・映画館ロビーを活用してのPR




そして、そのために。
まずはチラシ、ポスター、ホームページなど前段の真っ先に作るべき事項から手がけることにしたのです。




「来年は結婚したばかりの女房が子供を産むだろう。
俺はあい変らずミキサー車の運転をし、たぶん生涯それを続けるだろう。
三十にならない前に、自分の人生が見えてしまっても、もうどうこういうこともないが、朝野球で海炭市一になりたい。」

(大事なこと from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)




(続く)




そして昨日のクイズの正解っ!

「すずめ(涼め)」でした。


かわいらしい命令系です。




では本日のクイズ!
またまた鳥のなぞなぞ!


「地震の時にはコンロの火を消しましょう。
あら、コンロの横に鳥が!
さて、どんな鳥でしょう。」


答えは明日のブログにてっ!

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2011年06月13日

足跡その12


原発をなくしたいなら、代替案を。
それがないのに廃止論を声高に叫ぶのは無責任だ。

そういう意見も多くあります。


間もなく投票が終了するイタリアの国民投票で、原発はいらないという声が高まり。
これまでの国民投票の投票率を上回るペースで多くの人たちが投票所に足を運んでいるようです。
核以外の発電が難しいのなら、電気を使わない生活に。

そういう事だと思います。


電力ではなく、実は交付金が欲しいんだという方は。
ぜひ他のほとんどの方と同じように、交付金がない生活をして下さいませ。

ぜひ。





さて、映画「海炭市叙景」を作ろうと決意した我々。

まずは必要な役割を分担しました。


総責任者として東京チームとの連絡や、各交渉、報道対応を引き受ける「実行委員長」
実行委の運営や連絡、各担当との調整、総務を引き受ける「事務局長」
このほか「事務局」、「会計」、「広報」などを振り分けます。


広報担当はチラシやポスターやHPの作成、PR活動計画の作成、講演会や朗読会などPRイベントの企画立案、募金に関する全般まで幅広く手がけるため、ほとんどのメンバーがここに所属する事となりました。

この時点(2009年2月)での募金の計画は、1,000万円を募金で、残りの1,000万円を企業などからの賛助金や各種助成金、そして自己資金でまかなう計画でした。
自己資金というのは、いわゆる実行委メンバーの持ち出しで負担するという事です。


ただ、この時は「こんな大金を集められるだろうか」との思いもまだまだあったのですが。

結果的には、この倍以上の金額を集めることになるとは、当時は予想だにしておりませんでした。




「『本当よ』
 『そうだといいな』
 彼は率直にいった。
 『おとうさんが話してくれたわ。
 息子は頑固者だって。
 望んだことは必ずやりとげるって、そういうのよ』」

(青い空の下の海 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)


(続く)




そしてっ!

昨日のクイズの答えです。

一番いい服は「ベスト」でよね、やっぱり。


・・・てへへ。


さあ!次っ!

本日のクイズはこちら。

「病院に行ったら、お医者さんに言われました
『んん、大変だぞお。内臓で2ヶ所も治療が必要だぞう。』
さて、その2つとは?」


答えは明日のブログにて!

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2011年06月12日

足跡その11

「限界以上にがんばっているのだから、更にがんばれなんて言わないで」
という状況が3ヶ月以上に渡り続いている。
そういう方が、まだまだとても大勢いるのだと感じております。

「大丈夫」という言葉。
この中には「人」という文字が3人いるのですって。
あなたと、わたしと、そして他にも同じものを一緒に乗り越える人がいるのです。

あなたが「大丈夫」という言葉をかけられた時に、うなずいてくれますように。







そして。
映画を作ろうという準備委員会のあと、1ヶ月もたたないうちに2回目の集まりが実現しました。

「第1回 映画『海炭市叙景』制作実行委員会 発足会議」として。


2009年2月13日。
前回の準備委員会と同じく、雨の日でした。


映画は作る。
そのために、何をすべきか。
何をしなければいけないか。


函館出身の作家・佐藤泰志のことを知らない市民が多い。その方たちにどう認知させてゆくのか?

「海炭市叙景」という小説をどのようにして目に触れさせ、そして手に取らせて読んでもらうか?


2年半たった今は、驚くほど「佐藤泰志」や「海炭市叙景」という言葉をあちこちで目に耳にいたします。
しかし、あの時は佐藤泰志という地元出身の作家の存在も、まして「海炭市叙景」の読み方すらもほとんど知られていないに等しい状況だったのです。


ここをクリアしなければ、映画を作るための資金を市民からの募金でまかなうなんて事は、夢のまた夢です。

資金集めの方法と並行して、「地元での映画化気運の盛り上げ」のためにできる事を全員で考えました。




「その眼を見た時、すっかり僕はあの子にのぼせてしまった。
笑われそうだけど、スクリーンであの子を見た時、僕が感じたのは、世界、という言葉だった。
それは中学生の僕が一度も思ったことのない言葉だ。
今日、切手を買ったあと、もう一度、この海炭市で、セカイを見る。」

(一滴のあこがれ from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)




(続く)





そして昨日のクイズの答えです!

「わんこそば」でした。
ワンコがそばにいてくれないと、ね。


さて次っ!

本日のクイズです。

「映画のために、東京から大量の衣装が海炭市に運び込まれました。
その中で、一番いい服は、どんなの?」


答えは明日のブログにて!

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2011年06月10日

足跡その10

震災から1ヶ月の頃は、函館湾に浮かぶ青函連絡船「摩周丸」が津波被害から立ち直り、もうすぐメモリアルシップとして営業再開できるという時期でした。

2ヶ月の頃は、函館からたくさんの本が被災地に向けて発送され始めたというニュースを聞くことが出来ました。

そしてこの土曜日で3ヶ月。
地震や津波の被害からの復興とは逆に、原子力発電所から漏れ続ける放射線の実情を目の当たりにし続けての意見を表明すべく、海を越えたお隣で建設中の大間原発にNOを突きつける行進が函館で行なわれます。



たとえ正常運転だとしても、海に出される高温の水で海水温度がとても上昇する危険があるのでしょう。
それだけでも充分不安なのに。

最近、津軽海峡近辺での「今までにない大型の魚が釣れた」という釣り人の笑顔のニュースに、「すごいな」ではなく「どうしてそんな大きくなったのか?」という不安がよぎるようになりました。
もちろん考えすぎだと思います、もちろん。

青森で原発を推進する皆様。
原発を推進してきた福島の人たちは、今どんなことを思っているのか。
一緒にきいてみませんか?







そして。

1回目となる準備委員会は、色々な想いを胸にしながら終了しました。

まずは仲間を集める。
並行して多くの事を準備して、どのラインが実現可能かどうか見極める。


「1,000万円を集める」なんて無理ではないか、という気持ちと。
なのに、確信はないけど皆の力を合わせれば夢物語ではないのかも、という気持ちを抱えながら。
それぞれが帰路につき、仲間となってくれそうな人たちに声をかけていきました。

仲間となっていただくために声をかけるのも、「実行委メンバーとして」「募金などの協力をしていただく賛同者として」「このプロジェクトを周知していただく協力者として」などの道があります。


「メンバーとして」のプラスアルファは、この時点ではまだ期待すべくもありません。

しかし、はじめての集りは新聞記事で大きく取り上げられ。
函館を本拠地とする衆議院議員の逢坂誠二さんがいち早く応援を表明し。

少しづつ手ごたえを感じ始めてきたのです。

結果的に1ヶ月もたたないうちに、製作実行委員会が発足する事となりました。




「今夜、大原野町から産業道路を突っ走ったら、教員住宅にいる父の耳に車やバイクの音が届くだろうか。
あの辺は夜は本当に静まりかえってしまうから、しっかり聞こえるかもしれない。」

(昂ぶった夜 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)



(続く)







そして昨日のクイズ!

正解は。

「かまめし」でした。

菓子(かし)の中に豆(まめ)をいれたので「菓豆子(か・まめ・し)」ですね。



さあさあさあっ。

本日のクイズです。

「未来の世界の猫型ロボットにも、苦手な機械があるんだって。
それは何かな?」


答えは明日のブログにて!

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2011年06月08日

足跡その9


メルトダウンどころか、メルトスルーの状況かもしれないとの事。

そういう情報は、ぜひ海外の機関に報告する前に、日本に住んでいる我々に真っ先に教えていただきたい。
そしてこれは、チェルノブイリ級というレベル7の状態が、さらに危険度が高くなるという事でしょうか。


シルベスター・スタローンの映画のセリフ。
「我々は国を愛している。だから国にも我々を愛してほしいんだ。」

この言葉が頭の中で強く鳴り響いております。



そして。

最初の集まりとなった準備委員会では、必要な予算のほかにも様々な事が話し合われました。

・東京サイドには映画製作を責任を持って担当していただき、函館サイドは資金調達や受け入れ協力など現地ですべき事の責任を持つ

・この準備委員会から、映画製作を実行し積極的に参加できるメンバーで製作実行委員会を作る

・その製作実行委員会は、監督サイドで映画化を決断した時点で立ち上げる

・賛同してくれる団体や個人を募る

・函館サイドでまずすべき事
  1.資金カンパの要請
  2.協賛団体や個人の勧誘
  3.関係機関への協力や後援の要請
  4.文化や観光などに関連する施設への宣伝と協力要請
  5.事務所開設
  6.報道依頼
  7.協賛金や寄付金の受付準備(口座開設など)
  8.原作者サイドとの連絡および調整


考えて決断する事、そしてやるべき事は山積みです。
でも、この時には気付いていなかったまだまだ多くの事が、我々を待ち構えていました。


現実離れした1,000万円という金額を集めることができるか。
その事と合わせて、とても大きな壁がスタート前から立ちはだかるのが見えていたのです。



「『おい、車を買おう。明日にでも買おう。』
満夫は並んで歩く涼子にいった。
『どこにそんなお金があるの。』
『中古のローンなら手に入るさ。』
『いいわよ、買いましょう。』
涼子はむしろ朗らかな声をだした。」

(この海岸に from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)



(続く)



そして昨日のクイズの正解です。

「かんガエル(考える)」でした。


はからずも、時事ネタっぽいニュアンスでもありますね。

さあ、次!




それでは今日のクイズ!


「撮影で、本番ではいなくなるのに、その前に現れる動物は?」



答えは明日のブログにて。


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2011年06月07日

足跡その8


函館は本日、ついに今年初の最高気温が20度を超える日となりました。
なんと一気に23.2度を記録!
よい季節です。

でも。

被災地でも夜の寒さを凌ぐため早く暖かくなってほしいと思っていましたが、放射線を避けるため窓を開けず蒸し暑さに悩まされている場所もあるそうです・・・自分の想像力不足を情けなく感じております。

少しでも快適な状況になりますように。




そして。

かれこれ2年半という歳月が経ちつつある、2009年1月23日。
あの日、「海炭市叙景」を映画化する、おおまかな道のりが示されました。

ここは「映画の街はこだて」として数々の映画作品が作られたまちです。

しかし今回のプロジェクトが決定的にこれまでと違っている点は、首都で練られた構想を受け入れるのではなく、こちらからプロの映画人に声をかけて雇い入れ、住んでいる人間が実感できるこの街の空気感をフィルムに収め、準備・撮影補助・そして資金捻出まで地元の人間が大きく大きく関わって完成させる点にあります。


そのための資金。


この日の話し合いでも、そこが最も大きな不安要素でした。
2,000万円で映画を作り(それでもこの額は、とても小規模な部類なのだそうです)、そのうちの半分となる1,000万円を一般からの協賛・募金で集めるというのですから!

当然のごとく、函館市民でも佐藤泰志という名前を知らない方はとても多いという現状で1,000万円を集めるなんて。

誰もやったことがないので、「大丈夫、きっとできる」と言い切ることも、「絶対に無理」と言い切ることもできない状況。
でももし募金でお金を集めたら、頓挫してしまったときに「すみません、できませんでした」と言っても誰にそのお金をお返ししたらいいのか・・・。


やる、と決定したら後戻りできないプロジェクトだという事実が、皆をとても慎重にさせたのです。






「だが映画館を作ろうという酔狂な人間はいないし、開店してすぐ店をたたむ者も多い。
とにかく表通りには街にとって必要なもの、精神病院以外は次々と作られ、軽々しくあてこんで作ったものはすぐ姿を消す。」

(ネコを抱いた婆さん from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)



(続く)






さてさて、昨日のクイズの解答です。

「缶コーヒー(観光費)」でした。


ああっダジャレ万歳!




さてそれでは本日のクイズ。

「とっても悩んでいるカエルは、どんなカエル?」


答えは明日のブログにて!


募金箱




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2011年06月06日

足跡その7


北海道が避難場所候補のひとつになり得るとお考えの皆様に。
住んだり働いたりする状況を北海道の各地がいかに作ってお待ちしているか。

必ずしも被災地の方々に伝わっている訳ではない様子。



もどかしく思います。

必要な人に、用意がある事を伝えるために。
その方法に思いをめぐらせなければ、せっかくの準備が、必要としている人がいるかもしれないのに繋がらないのはあまりに惜しいと思うのです。


自分の立場でも何かできないものか。

発信するのか。
関係機関に働きかけるのか。



震災を機に、色々な自分がやるべき事とやれる事を考えるようになってきました。







そして。

「第1回実行委員会準備会」では、根本的な映画作りのための実行すべき内容を確認する場となりました。

どこからお話しすればよいのか、迷っております。

まずは理念からにいたしましょう。
当日の出席者のために用意されたレジメには、「今回のとり組みの視点」という項目が真っ先に掲げられています。
その内容を共通理解し、これから「足を踏み出す」ためのものです。

そこには6つの項目が記されていました。




・函館生まれの作家・佐藤泰志が函館の街で生きる人々の姿を描いた小説「海炭市叙景」が今、再評価されている。
「海炭市叙景」を映像にする、映画で見たい機運を盛り上げてゆきたい。



・閉塞しつつある世相、そして不況下にある函館における一筋の光明にしてゆきたい。
この構想が市民参加型・手作り型(熱意・人手、モノ、そして資金への参加)のものとして展開させてゆきたい。



・文学愛好者、映画愛好者の枠を超え、様々のジャンルにかかわる人たちを<映画作り>という共同作業に結集させたい。
映画を作り、上映するまでのプロセスを一緒に体験してゆきたい。



・若者から中高年までのいろんな世代が参加できるような活動にしたい。
一緒に好奇心を抱き、楽しみながら活動する中で、そこに希望・やりがいを感じるものにしてゆきたい。



・地域の活性化に寄与し、函館市民の文化的な財産へとつなげてゆきたい。
フィルムに今の函館の街並みを記録する。
景観の保存・文化財産として残してゆきたい。



・やらずに後悔するよりも、たとえ成就しなかったとしても、やるだけの事をやりとおしたい。
足を踏み出さなければ、何も始まらない。
閉塞した街に風穴を開けられるような活動を!!




今回のプロジェクトが、単なる「函館で映画を撮影する」というものではない事を、集ったメンバーに理解していただくための宣言というべきものでした。


(続く)





そして昨日のクイズの正解です。

「アテネ(宛て、ねー)」でした。


さあさあ、すぐ次にいきますよ。




それでは今日のクイズ!


「音楽が大好きな花といえば?」



答えは明日のブログにて。


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2011年06月04日

足跡その6


昨日、説明不足すぎましたが、竹原ピストルさんのミニアルバム「復興の花」は売り上げを東日本大震災の被災地に寄付すべく作られたアルバムです。
http://blog.goo.ne.jp/pistol_1976/e/8b5b4d576b3241a9a96fec8b0ed1f32c

趣旨に賛同してアルバムを買おうという皆様。
たとえばライヴ会場では、やはり完成したばかりの2ndアルバム「SKIP ON THE POEM」など、これまでの作品も並んでおります。

「復興の花」は税込1,000円です。
購入の際に、ぜひ合わせて他の作品にも目を向けて下さいませ。

身を削って被災地の復興をロングランでサポートしようとしているミュージシャンがおります。
その男を支えるのは、その音楽に共鳴する方々なのです。


なにとぞ。
よろしくお願いいたします。




そして。
「海炭市叙景」を映画化するために、ツートップは様々な方面に参加を呼びかけました。
まずは、自分の近い範囲での興味を持ってくれそうな方々に。

文学や映画の愛好者。
函館で長くタウン誌を作り続けている方。
地方発信文化への視線を持つマスコミ関係者。
主婦。
自営業者。

基本的に、函館を愛し、函館で生まれた文化を愛する方。
函館から文化を生み出そうという想いに賛同していただけそうな方に声がかけられたのだと思っております。

具体的に「これをしてほしい」という計算はなく。
一緒に実現させる道を考えてほしい、という想いだったのかも。


最初の集まりがあった2009年1月23日は、雨が降りしきる平日の午後でした。

そのあとずっと映画製作に走り回った人や。
その後の集まりには参加せずとも、自身のフィールドで映画化のために動いてくださった方や。


広い意味のつながりが生まれた日でもあったのです。



(続く)






そして昨日のクイズの正解です。

「自動ドア(児童ドア)があった」でした。


さあさあ、すぐ次にいきますよ。




それでは今日のクイズ!


「旅行者が、特にプランを立てないで訪れることが多い街はどこ?」



答えは明日のブログにて。


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2011年06月02日

足跡その5


避難所で。
ダンボールを立てて隣同士のプライバシーを守って。
次の段階に移れるまで、あとどのくらいこの生活を続けなければいけないのか確信が持てない。

その状況を、もし実感していないのなら。

その方向性を決断する立場の方々は、電力会社の人も政府の人も官僚の人も。
そこで同じ生活をしながら仕事をしてみれば良いのではないかと、かなり真剣に思っております。


前面に立つ方も、これから前面に立とうとする方も、
ぜひ”このままではいけない”ではなく、”こうするべきだ”という話を聞かせてくださいませ。


「愛してるなんて言わないでくれよ」

(Don't say you love me / FREE)





さて。
2008年の年末から年明けにかけて、ツートップの2人はあらゆる方面に考えをめぐらせたと思います。

まったく想像できない準備作業。
そもそも、ほんとうに実現できるのか?

佐藤泰志の作品集が出版されるまでにも、没後17年という歳月が費やされたのです。

17年かけて遂に世に出された作品集。
そこで佐藤泰志に関する活動はついに終焉を迎えたという達成感が、関わったメンバーにはあったはず。


しかし。

そのことが、更に新しいドアを開けることになりそうな展開。
しかも未知の世界と言っていい、佐藤泰志作品の映像化です。


とまどいながらも。

これは佐藤泰志が描いた世界が、新しい読者や、新しい世界を発見した人々を生み出したという事でもあります。



前述の西堀さんの文章では、その手ごたえがこう語られています。



「足を踏み出させようと決意させたのは、他ならぬ佐藤泰志作品の小説の力への信頼であった。
佐藤泰志を自分たち同窓生と同世代のものだけに留まらせてはならないのであり、まだ彼を知らない多くの人たち、とくに若い世代に佐藤の文学を伝えるために、その入り口として映画という素材はとても有効ではないかという思いに至った。

『やらなかったことを後悔するよりも、やった結果が失敗しても、それは次に活きる。』
そんなことを、深い雪に埋もれた佐藤の墓の前で考え、決意した。」


(海炭市の正月 from「海炭市通信 号外」 / 西堀滋樹)





2009年の正月の3が日を過ぎた頃、映画を作るという意志は確固としたものとなりました。


そして、3週間ほどの準備を経て、あの最初の集りの日がやってきます。







「市役所の男は弱りきって、とにかく考えて下さい、また来ますから、といって立ちあがった。
それから、ここでこのままの生活をするのなら、本当にお宅だけ取り残されますよ、といった。

そして、そのとおりになった。」

(ネコを抱いた婆さん from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)


(続く)







そして昨日のクイズの正解です。

「かぼちゃ」でした。


いやいや、ほら、だじゃれですもの・・・。
ご勘弁くださいませ。



それでは今日のクイズ!

次もややキビしいだじゃれだな・・・。


「なんだ!
すごくスピードの早いバスが走っていったぞ!
いったい、どんなバス?」



答えは明日のブログにて。


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2011年06月01日

足跡その4


日本の大震災の1ヶ月前に。
やはり大きな地震が起きたニュージーランドのクライストチャーチから、彼等がやってきました。

ニュージーランドに、イギリス人がやってくる遥か昔から暮らしていた民族マオリの皆さんです。
伝統芸能を継承するグループ「イマヌエラ」の選抜メンバー7人と、生まれて1ヶ月の赤ちゃんという総勢8名。

ニュージーランドのラグビーチーム「オールブラックス」が試合の前に踊る、あの「ハカ」のほか、様々な伝統芸能から現代のダンスまでを短時間で見せてくれたのです。


放射能汚染の危険性を考慮し、ギリギリまで来日するか悩んでいたのですが、なんと生まれたばかりの赤ん坊も一緒に来日してくれました。


さきほど初日のステージが終わり。
日本の観客の反応に、笑顔を何度も見せてくれました。

今回の滞在が「来てよかった」というものになりますように。
http://wmdf.org/wp/?p=428




さて。
2008年の終わりに出会った、後の映画化に際しての製作実行委員長となる菅原さんと、後の事務局長となる西堀さん。

2人が迎えた正月は、対照的だったかも。



2009年の元旦に菅原さんからいただいた年賀状には。
「今年は映画製作にトライしてみようかと考えています。」と書かれていました。



そして西堀さんの心境は。
函館での完成披露試写会で配布された「海炭市通信・号外」によりますと。

「なんとも重く苦しい気持ちで三が日を過ごした。
その前年末、後に実行委員長となる菅原さんから、この映画化の話を持ちかけられ、年明けまでに方向性を検討するよう依頼されていたからだ。」

(海炭市の正月 from「海炭市通信 号外」 / 西堀滋樹)




もちろん菅原さんも、前代未聞のプロジェクトの言いだしっぺとして、どうすれば実現できるかシミュレーションの毎日でした。
まずは1月下旬の、1回目の集りに向けて道を作らねばなりません。



(続く)





そして昨日のクイズの正解です。

「マジック」でした。


比較的、簡単だったでしょうか。



それでは今日のクイズ!


「あら、八百屋さんでもお茶を売ってる!
さて、どんなお茶?」



答えは明日のブログにて。



左が西堀さん、右が菅原さんです。
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2011年05月29日

足跡その3


緊急事態にどう対応するか。
その心構えは常に持っていないと、と思いながら日々を過ごしています。

列車の火災で車掌や運転手の指示を待ち続けて危険を感じ、自主的に避難を開始した人たちがいたそうです。

家や、職場や、たまたま居合せた場所や。
何かあったらどうする、という事を常にシュミレーションしないと突発的な事に対応できず右往左往しそうな気がします。

まさに今、何かが起きたら。

それを考え続ける心の強さが必要ですね。
鍛えなければ、と思っております。




さて、菅原実行委員長が2008年の年末近くに参加した佐藤泰志イベントは。
とても心を動かされるものだったそうです。

佐藤泰志その人と、その作品について熱を込めて語る人々。

知人だからとか、地元出身だからというレベルではない、まぎれもない愛や尊敬や、そして使命感のような想いがあったのだと想像しております。


そして。
結果的にその後、映画の製作実行委員会に参加するメンバーが、そこに何人もいたのです。


「文学」の視線で佐藤泰志をリスペクトする人たち。

さて、「映画」の視線でどう語りかけようか・・・と考えた菅原さんは、結局なにも考えず思いのたけをそのままぶつけるという行動に出ました。


その相手は、函館で佐藤泰志を広めるべく活動していた中心人物。
後に映画の製作実行委員会で事務局長を務め、菅原さんとともに実行委のツートップとなって皆を牽引する事となる、西堀滋樹さんでした。


(続く)



「スタートの時間になった。
内心、広一はもし五-八が来なかった場合のことを考えて、気持ちがひるんだ。
だが来る、と念じた。
一本勝負だ。
自信はあった。」

(夢みる力 from 「海炭市叙景」 / 佐藤泰志)






そして昨日のクイズの正解です。

「にくまん(憎まん)」でした。


いえ、ほら、ねっ。
・・・今度は正統派ですよ!

たぶん。



それでは今日のクイズ!


「運がいい時しか開かないドアがあります。
このドアを開けることが出来るのはどんな鍵?」



答えは明日のブログにて。

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足跡その2


本日の「バイバイ大間原発はこだてウォーク!」は、午後からの雨の予報も吹き飛ばし、終了まで悪天候にならずに無事ゴールにたどりつきました。

様々なプラカードなど、ずっと思っていた怒りや不安や理不尽さを、はっきりと表現するものばかりでした。


忌野清志郎が作った「君はラブ・ミー・テンダーを聴いたか」という曲。
RCサクセションのアルバムに収められています。
プレスリーで有名な「ラブ・ミー・テンダー」を、「何いってんだー」と日本語に置き換えた歌についての続きのようなナンバーです。

アルバムでは「あの歌は反、はん、はん、はん、はん・・・」と終わります。
そのあとのツアーでは、あろうことか「録音して多くの人に広めてくれ」という前代未聞の録音機材持ち込みOKなライヴが展開されました。

その「君はラブ・ミー・テンダーを聴いたか」を、私は東京・日比谷野音で聴きました。
そこでは、「はんはんはん」とエコーがかかった後が歌われました。



「あの歌は反原発の歌だと思ってるのだろうけれど。
ちがうよ、ちがう
あの歌は、『反核』の歌なんだ」



当ブログでは、映画や佐藤泰志作品について。
しかもネガティブな話題は避けようと思って更新しております。
・・・すみません。


でも、今は海炭市である函館市の危機的状況と思っております。
ここで食い止めなければ。
札束で頬をたたかれても。



長くなってすみません。

それでは。
昨日の続きに!





佐藤泰志の作品集を、知人の「函館文学館」スタッフから紹介され、その後に衝撃を受け映画化への構想を一気に膨らませたのは、函館市内で”市民映画館「シネマアイリス」”の代表を務める菅原和博その人でした。

実は、菅原家の「これから読む本」の積み重ねに組み込む、いわゆる”積ん読”にこの本も含まれていました。
何か気になりつつ。
気になりつつ。
気になりつつ。


なのに、ある日。
文字通り山になっている本の中から抜き出して読んでみたら、一気に引き込まれました。

おおっ!


まるでファンタジーの舞台のような「異国情緒あふれる、どこか別世界のような土地」という函館の外の人から見るイメージとは全く違う、人々のしがらみやら、海の町のむせるような匂いや、過去の繁栄が終わった後の希望を持ちにくい土地の実感が、まざまざと感じられたのです。


地元で佐藤泰志を広める活動は、もちろん知っていました。
実績も何もないけれど、会って想いを話して、映画を作る夢を一緒に見ることが出来ないか。


イベントがあると知り、まずはその主催者の人々がどんな想いを持っているのか、会場に行ってみることにしました。



(続く)







そして昨日のクイズの正解です。

「推理小説(酢入り小説)」でした。


まあまあまあ。

・・・次は大丈夫!



それでは今日のクイズ!


「『罪を憎んで人を憎まず』という想いを実践している食べ物は?」



答えは明日のブログにて。

 

20100312撮影25日目45



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2011年05月27日

足跡その1


あの原発事故が起きてから2ヶ月以上たって、実はメルトダウンが起きていたとわかりました。
こんなに大変な事が2ヶ月間わからず、しかも終息の方法や時期がいまだに確定できないのに、ほかの原発の建設推進が進められようとしています。
函館の対岸、青森でも。

きちんと話をする事を求めるには、抗議の文章や電話やメールや、門前払いとわかっていても役所や関係機関に足を運ぶことだけでは受け入れてもらえないのでしょうか。

なので。
この土曜日に函館市内を行進しての訴えが行なわれます。
ぜひ、原発推進に不安(表現が生易しいでしょうか?)を感じている人たちが海の向こうに大勢いるのだと気付いてほしいのです。

飛び入りOK!
自前プラカード大歓迎!

というパレードです!



「バイバイ大間原発はこだてウォーク!」

2011年5月28日(土)
集合 13:30
出発 14:00

行進コース
千代台公園~五稜郭公園

主催 バイバイ大間原発ウォーク実行委員会





さて、上映予定の、とりあえずの当初の予定スケジュールが確定しました。

今後この映画作品が更に評価され、未見だった多くの方に注目していただける展開になればいいな。
そのためには、どんな行動をとればいいかな、と考える日々が始まりそうです。


当ブログの備忘録としての側面から。
これまでの事を、記憶が確かなうちに(いえ、すでにあやふやな部分も多いのですが)記していこうとも思っております。



もしも、我々のように「映画を作ろう!でも、どうやって?」という方がいて。
このブログを見て、もし何かの参考に役立つのなら幸いです。






函館出身の作家である佐藤泰志の作品「海炭市叙景」を映画化しようという集りは、2009年1月23日が最初でした。
その前までに、少しづつこの物語は動き出しております。


佐藤泰志が亡くなった後に、彼を取り巻く多くの人々の行動により、追想集が作られ、地元の文学館で大きくピックアップされ。
川本三郎さんや岡崎武志さん達が折に触れ著書やエッセイで取り上げ。
そして死後17年を経て、ついにクレイン社から「佐藤泰志作品集」が発行されるという事になったのです。


これは大きな出来事でした。


そして。
これがひとつの区切りとなったのです。

・・・いえ、なるはずでした。




このクレイン社からの「佐藤泰志作品集」は、「海炭市叙景」をはじめとする小説のほか、エッセイ、詩、詳細な年譜や著作目録も収められた2段組686ページにも及ぶものでした。
計ってみたら、750gありました。


持ち歩くのも読み始めるのも、ちょっとした決心が必要そうなこの作品集は、結果的に多くの新しい読者を生み出したのです。
その1人が、後に映画の製作実行委員長となりました。


(続く)




「これ以上、僕に何かいうことがあるだろうか。
両親のことも考える必要がない。
僕はこの、僕にとって今年かぎりの別天地で好きに時間を使う。
次々と、樹々が過ぎる。」

(しずかな若者 from 海炭市叙景 / 佐藤泰志)






そして昨日のクイズの正解です。

「ロンドン」でした。


まあまあ、怒らないで。
・・・次もなんとなく怒られそうなだじゃれクイズだな。
ま、しゃれって事で!



それでは今日のクイズ!


「佐藤泰志作品は大丈夫だけど、匂いをかぐとすっぱい香りがする本があるぞ!
さて、どんな本?」


答えは明日のブログにて。


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kaitanshi at 19:55|PermalinkTrackBack(0)mixiチェック