撮影のため、住んでいる家もお借りしました週末は東北と九州の4劇場でスタート

2011年02月23日

それぞれの受け取り方


解釈の仕方は、小説でも映画でも、受け取った方それぞれの数だけのものがあります。

それは、演出した監督にも、演じた役者にも。
そして映画でも小説でも、受け取ったそれぞれの方にも。


兄妹の兄が、山頂の駅で妹に見せた笑顔、あの時にどんな気持ちだったのか。
死を選んでいたのか、これからも二人で生きていくのだから心配するなという笑顔だったのか。

そして小説で描かれた、その後に待っていた妹の次の行動までに費やした間の気持ちは?

大晦日に電車に乗り合わせた人々の考え込んでいる表情の意味は?


佐藤泰志も、受け取った方々に委ねていると思います。
熊切監督も、撮影時に演者に指示は出しますが、それはわざわざ公表せず、見た方それぞれの受け取り方に委ねるという、ごく当たり前の映画人としての立場を貫くのです。


「見終わったあとはただ戸惑い、何日か後に感情がこみ上げてきた」
「どれも中途半端で終わり、消化不良だった」
「映画でしかできない表現を、久し振りに堪能した」


ほんとうに様々な感想をいただいております。

皆様それぞれの感性で受け取っていただければ幸い。
また、齢を重ねた後に再び見ていただき、別な感じ方になったならば、教えていただければ嬉しく思います。

きっと時が経てば、我々も違う感じ方であると思うのです。


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kaitanshi at 20:01│TrackBack(0)mixiチェック

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